大手企業の営業としてバリバリ働いていた川田翔太さん(仮名・当時32歳)は、ある日を境に職場での立場も、キャリアも、心の状態も大きく崩れてしまいました。
原因は、たった一通の契約書に含まれていた「一文字の誤り」でした。
何気なく通過してしまったその1文字が、結果として数千万円という違約金トラブルを引き起こし、取引先との信頼関係を壊し、自分自身の心まで追い詰めることになったと語ります。

今回は、川田さんご本人に、なぜそんな事態が起きたのか、そしてその後どうやって自分と向き合っていったのかを、じっくりお話してもらいました📘
大口案件が「人生最大の後悔」になるとは思いませんでした
── 川田さん、まず当時の仕事内容を教えていただけますか?
「はい、大手のIT機器メーカーで営業をしていまして、法人相手のルート営業がメインでした。特に大手クライアント向けの契約更新や新サービスの導入提案が多くて、件数こそ少ないけど金額が大きい案件ばかりでした」
── その中で、問題が起きたのはどんな案件だったんでしょう?
「某企業のシステム一式の入れ替えですね。総額で2億円くらい。契約金の支払い条件に『月末締め翌月10日払い』って書くところを、僕がうっかり『翌月20日払い』って打ってたんですよ…。本当にたった1文字違いなんです」
── それ、誰かチェックしなかったんですか?
「実は、僕のチームって当時“超絶忙しい時期”で、上司にも確認をお願いしてたんですが“お前が作ったんだろ、大丈夫だよな?”って口頭で済まされちゃって…。一応社内ルールではWチェックだったんですけど、形骸化してて誰も徹底してなかったんです」
── 気づいたのはいつだったんですか?
「納品も終わって、いざ最初の支払いを待ってたときに先方から“契約条件と違う”って連絡が来ました。そのとき、背筋がゾッとしました。契約書を見返して、誤字がそのまま印刷されているのを確認した瞬間、手が震えました」
トラブルが起きてからの地獄の日々
── そこから会社としてはどう対応したんですか?
「先方は“こちらは20日払いで予算組んでたから、支払時期を変えられるのは困る”と。当初の条件通り10日払いを求めてきて、さらに“支払い遅延による損害発生分はどうするのか”と。最終的には“違約金”というかたちで数千万円規模の損害請求にまで発展しました」
── それを聞いた上司や会社の反応は…?
「めちゃくちゃ冷たかったです。“これ、川田がやったんだよな?”って言われて。最初は庇ってくれるかと思ったら、“なんで確認を怠った?”“責任は取れるのか?”って追及ばかりで…。自分の存在が会社の負債になったような気がしました」
── メンタル的にはかなりキツかったですよね
「朝起きて吐き気がするようになって、満員電車に乗れなくなりました。1ヶ月ぐらいは、会社のトイレで何度も泣いてました。大の大人が、人目を気にして隠れて泣くのって情けないですよね。でもそれくらい、自分が“終わった”って思ってたんです」
あのとき、何を間違っていたのか
── いま振り返って、どこに問題があったと感じますか?
「正直に言うと“仕組みの甘さ”もあるんですが、それ以上に自分の“慢心”だったと思います。“大口顧客=絶対に失敗できない”ってわかってたのに、確認作業をどこかで軽視してたんですよ。『このくらい大丈夫だろ』って油断してたんです」
── “たった一文字”で人生が傾くなんて思わないですよね
「でも、現実に起きるんです。それが怖かったです。“たった1文字”であっても、相手からしたら“契約書=絶対的な証明”なんですよね。人間関係は謝れば済むかもしれないけど、契約は紙に書いてある通りに進むから、訂正が通用しないんです」
異動と再出発、そして「仕組み」を見直す側に
── 今はどういった業務をされているんですか?
「事件から半年後に、総務部へ異動になりました。表向きは“人事ローテーション”ですが、実質は“処分的な左遷”みたいなもんです。ただ、そこから“どうすればこういうミスが防げたか”を徹底的に見直す業務に関われるようになって…。結果的にそこが転機になりました」
── どんな仕組みを整備したんですか?
「契約書のテンプレートを統一して、入力できる項目を限定。さらに自動チェック機能を導入しました。あと“Wチェックがあって当たり前”じゃなく、“誰が確認したかをログに残す仕組み”も追加しました」
── 川田さんご自身の心は、もう大丈夫ですか?
「正直、まだ傷は癒えてません。いまだに“あの1文字さえなければ…”って夢でうなされることもあります。でも、あの出来事があったからこそ、誰かの“同じ失敗”を防ぐ取り組みに貢献できてると思えるようにはなってきました」
同じように苦しんでいる人へ伝えたいこと
── 最後に、似たような失敗を経験してしまった人にメッセージをお願いします
「失敗をした直後って“自分にはもう価値がない”って感じるんですよね。でも、時間が経つと冷静に見えてくるんです。“自分は本当に全部ダメだったのか?”って問い直せるようになる。僕の場合も、ミスをしたあとに“そこから何をしたか”が、自分を少しずつ立て直す支えになりました」
「謝っても済まないミスもあります。でも、そこで立ち止まったままだと、自分自身が潰れてしまうんです。“もう一回誰かの役に立てるかもしれない”って思える場所に、一歩でも近づく努力をしてほしいなって、今なら思えます」
まとめ|「1文字」の重さを知って、自分と仕事を見直すきっかけに
川田さんの体験は、誰にでも起こりうるヒューマンエラーが、想像以上に大きな代償を生む現実を教えてくれました。
でもその一方で、その後の対応や行動によって、“自分を無価値にしない選択”を積み重ねていくことができると伝えてくれたのも、また川田さんの言葉でした。

「もう一度やり直したい」と思った瞬間から、自分の再出発は始まっているのかもしれませんね🌱